「入試問題を解いて」              2017年3月7日(火)

 

 

 

入試問題を商売柄よく解きます。

 

大学入試なんかでしたら、僕は英語と国語を解きます。

 

国語の現代文の問題で、たまに本文を読んでいて「う~ん…」とうなってしまうことがあります。

 

 

というのは、実は書かれていることはたいしたことではないのに、やたらに難解な文章に仕上がっているものがあるからなんです。

 

 

これって、どうなんでしょうかね。

 

 

ひらたく言うと、こういう文章を書いちゃう人って、頭悪いんじゃないかと思っています。

 

だって、要するにこの人の言いたいことは何かということについては簡単で単純明快なことしか言ってないのに、文章としてはわけがわからないことになっているんです。

 

 

使っている単語も難解。

 

示している例も難解で一般的でない。

 

表現方法も複雑。

 

でも、書いてある内容は、実のところめちゃめちゃ単純なこと。簡単なこと。

 

 

実は、とある有名私立大がこの手の文章をものすごく毎年出しているんです。

 

(どこの大学かを申し上げると問題がありますので差し控えます。関西地方の、わりと有名大です)

 

 

こんな小難しい、メンドクサイ文章、いったい誰が読むんですかね。

 

難しい内容が難しい文章に仕上がっているのは仕方がありません。

 

だって、内容がそもそも難しいんですから。

 

でも、簡単な内容を難しく書いているのって、「どうだ!オレはこんな難しいこと書いてんだぞ!」って偉そうに自分の能力を誇張しているふうにしか感じません。

 

 

世の中には本当に頭のいい人がいて、とんでもなく難解な事柄のはずなのに、誰でも理解できるように平易な表現でシンプルに書かれている文章もたくさんあります。

 

そういう文章を目にすると、とても感動します。

 

そんな芸当、普通の能力じゃ絶対にできやしませんから。

 

そういう人って、理系の頭の人に多いかもしれません。

 

文系の頭の人って、比較的情緒的で論理的ではない文章を書いてしまいがちです。(僕もその一人です)

 

 

難解な内容のはずなのに、わかりやすくて読みやすい文章。論理的で理路整然としている文章。

 

そういう文章をたくさん子供たちに読んでもらいたいと思って日々指導をしています。

 

そして、彼らの中から将来、難解な内容のはずなのに、実に平易で誰でも理解できるような文章を書く人が出れば本望です。

 

 

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「たまに土曜をお休みしている理由なんですが」    2017年2月28日(土)

 

 

 

塾は月~金曜で指導をしております。

 

土曜は速読のみ指導を行っております。(その間塾生の自習も可能にしております)

 

なのですが、まれに土曜をお休みすることがあります。

 

まれに、なんですが。

 

 

何をしているかというと、別にどこかに遊びにいっているわけではありません。

 

勉強会に参加しているか、それか演奏しているか。。。

 

 

たとえば、先日の土曜のお休みはこんな感じでした。

 

 

てな感じで、右側のチェロが僕です。

 

音楽教室の発表会ではありません。イベントに呼ばれて、きちんとギャラが発生している演奏です。

 

僕はアマチュアですし、演奏は趣味のひとつであって本業でもなんでもありませんので、ギャラはこのメンバーのプロ演奏家の先生にとっていただき、その代わり僕はプロの先生方からタダでいろいろ教えてもらって(笑)

 

 

音大を出たわけではありません(大学生の頃、宝塚歌劇団で演奏している師匠についていましたが)ので、いっぱいいっぱいになって弾いてます。

 

アマチュアだと自己満足な演奏で十分。しかし、ギャラが発生して、お客さんがいる演奏となると。。。

 

それはそれはもう、大変。お客さんの耳にどう聴こえているかをこれでもかというくらい考えて音を出し、かつ他のメンバーの音に合わせていかないといけませんから。

 

勉強の指導も同じです。自分が問題を解けるのは簡単な話で、それをどう効果的に第三者に指導し結果を出すかということになるとハードルがびっくりするくらい高くなります。「たまたま伸ばせた」とかは、論外です。だって、お金をもらってやってるんですから。

 

それは本業の話で、自分にとって日常のことなのでどうってことはありません。

 

でも、音楽の世界はめっちゃ大変(笑)

自分にとって、レベルが高すぎて。

 

この写真のときは、モーツァルトのアイネ クライネ ナハトムジークを第1楽章から第4楽章まで全部弾きました。

 

 

 

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「先生からみた『いい子』である価値はホンマのところどうなのか」   

                     2017年2月21日(火)

 

 

教育を取り巻く環境が時代と共に変わりつつあります。

 

昔は、とにかく暗記する力のある子が勝ち、そうでない子が残念な結果を手にしていたことも多かったでしょう。

 

言われたことをきちんと行う子の評価が高く、そうでない子の評価が低かったでしょう。

 

 

今は、というより、これからはどうでしょうか。

 

 

今まではそれらの子たちはいい成績をおさめることができていました。

 

また、社会に出る際にも比較的いい職場にありつけました。

 

 

これからは、ちと違います。

 

ただ言われたことを淡々とやるだけの人は、人工知能にあっという間に仕事を奪われてしまいます。ですから、そういう人に給料を支払う価値がなくなります。

 

ルール通りにきちんと仕事をこなす人はどうでしょうか。これも人工知能に仕事を丸ごと持っていかれてしまうでしょう。たとえどんなに合格するのが困難な資格をもっていないとできない仕事であったとしても。

 

教科書は理解している必要があります。ここは普遍的です。

 

しかし、理解しているだけで、その内容を正確に吐き出すことのできる人が今まで評価が高かったのですが、今後は教科書の知識を運用できるかどうか、運用して結果を出せるかどうかが評価の分かれ目になってきます。

 

そういう社会になりつつあるからです。

 

ですから、「聞いていません」とか「知りません」でまったく動こうとしない人材は今後すべて人工知能に取って代わられ、給料を手にすることができなくなってしまいます。

 

 

聞いていなかったとしても、知らなかったとしても、それはそれで別に構わない。そこから聞いた上で、知った上で、もともと聞いていたり知っていた人よりもよりよいものをアウトプットできればいいのです。

 

そういう人を一人でも多く育てていくのが、これからの教育の仕事でしょう。

 

その訓練を小中高で実践し、さらに大学で高度なレベルにおいて仕上げればいいのだと思っています。

 

 

今までになかった新しい教育の価値観のように感じられますが、大昔からそれらが教育の上で実践され社会で実用されていたはずです。

 

ただ、産業革命以降、決められたことをひたすらきちんと行うことのできる人や、きわめて短時間に知らなかったことを頭に詰め込み、それを機械的に吐き出すことのできる人が重要視されたために、暗記が得意な人が優位に立っただけのことです。

 

短時間で知識を詰め込むことができれば、それだけ早くモノを作る現場に赴くことができ、少しでも多く利潤が出ます。言われたことをきちんとできる人が多くなれば、その分歩留まり率が高くなり、これも利潤につながります。

 

お客さんの好みをたくさん頭に詰め込んでいる店員さんがいれば、来店客は自分のことを覚えていてくれることに喜びを感じ、再購入につながります。

 

 

しかし、今後は(というより今現在もすでにそうですが)、それらは情報端末ですべて管理できますし、管理・運用されることがより当たり前となります。

 

 

それよりも、他にないものを創り出したり、顧客の心に響くおもてなしをしたりするのは人工知能では取って代わることのできないものではないでしょうか。

 

機転のきく振る舞いが瞬時にできるかどうか。さらに、その振る舞いを機械が行っているのではなく、生身の人間が行っているか。そこが大事になってきます。

 

 

「聞いていません」「習っていません」でフリーズする子を、みずから進んで解決しより進んだアウトプットを創り出せる人に変えていくことが、これからの教育のすべき道です。

 

(ちなみに、それは「アクティブラーニング」といって、今現在教育現場で進められている指導法ですが…)

 

 

 

心に響くかどうか。そこだけは人間が人間に対してしか行うことのできないことであり、それを追求できる人がより豊かな人生を送ることのできる世の中にますます変わっていくことだと僕は考えています。

 

 

機械に「勉強をしよう」と怒られても、一ミリも心に響きません。

だって、機械ですから。

でも、生身の人間から「勉強をしよう」と怒られれば、響く可能性はゼロではありません。

 

 

百貨店に行って、こざっぱりした店員から

「そちらより、こちらのほうがかっこよく(かわいく)見えますよ」

と言われたら、「そうかあ…がんばって買ってみようかな」と心が動きます。

 

 

でも、これがロボットの(でも、見かけは人間と見紛うぐらいよくできた)店員から

「お似合いですよ。でも、こちらの服がさらに15パーセントかわいく見えます」

と言われても「どうせ機械が言ってるしなあ…」と思ってしまうでしょう。

 

 

 

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「支援学校(養護学校)の学習を見て、驚いた」   2017年2月14日(火)

 

 

僕の子どもは中学生の女の子です。

 

発達障害を抱えています。

 

昔の言い方でいうと「知恵遅れ」。支援学校(養護学校)に通っています。

 

中学生になってからやっと言葉の数が増え出しました。先日、専門の施設で診てもらったところ、頭の中は3歳いくかいかないかぐらい。

 

小学校は普通学校だったのですが、さすがに支援学級でもかなりしんどい状態なので、中学校は支援学校に進学をさせてほしいと小学校の先生にお願いしました。

 

 

 

6年生の秋頃に親子で支援学校の見学に行きました。

 

僕たちが見学に行ったのはその後進学することになった支援学校で、そこはうちの子どものような状態の子ばかりです。視覚・聴覚以外に、肢体不自由な子が専門の学校、発達障害が主な学校など障害の種類によって支援学校の割り振りのようなものがあるのです。。

 

見学に行くと、親と子で分かれて話を聞くということで、僕は娘と別れて先生方のお話を聞くために体育館へ。

 

その後、授業見学をさせていただくことになりました。

 

そのうちのひとつで、実習をする教室で中学生たちが糸をつむいでいるという授業を見学に。

 

 

糸をつむぐ機械がいくつか並んでいました。

 

 

先生の説明では、一番左が一番簡単でおおざっぱな糸つむぎで、だんだん右にいくにしたがって繊細な糸つむぎができる、ということでした。

 

見ると、一番簡単な機械の前に娘が座って楽しそうに糸をつむいでいます。

 

 

だんだん右にいくにしたがって上級生が座っていたり、細かい作業が得意な生徒が座って一心不乱に糸をつむいでいます。

 

 

一番左ができるようになれば、ひとつ右の機械へチャレンジ。それができるようになれば、さらにもうひとつ右の機械へ。

 

一番右側の機械に座っている上級生は、とても誇らしげです。明らかに彼から出ているオーラが違います。

 

 

そこで、人生に何回かしかないぐらい、死にそうなぐらいの衝撃が走りました。

 

 

そうか。なんでみんな勉強しているのかが、わかった。

 

 

勉強の中身なんてどうでもいいんです。

 

 

その子にとって、ワンステップ上のことをさせてあげて、その結果「より細かいこと」ができるようになり、「より難しいこと」を考えるようになれば、指導の効果としては満点だな、と。

 

 

難易度の高い中学・高校・大学に行きたいと勉強に励んでいる子も、支援学校の糸つむぎの子も、やっていることはまったく一緒。目的も一緒。

 

その子にとって、

 

「より細かいことができるようになる」

「より難しいことを考えられるようになる」

 

ことができれば、内容は何でもいいんです。その目的が完遂されるのならば。

 

 

 

「細かいことができる力」と「難しいことができる力」は、生きていく上で不可欠です。

 

その力を身につけるために、便宜上小中高生は勉強をしているわけです。

 

数学を勉強したって、大人になってから方程式とか関数とか、そんなものを使って仕事をする人はごくひと握りです。

 

でも、数学で学ぶ「論理的に考える力」はすべての人にとって生きている上で必要不可欠です。

 

 

 

テストで40点を取る子に60点を取らせることはどうってことはありません。

 

60点を80点にするのもそれほどたいしたことではありません。

 

でも、80点の子を90点にしたり、90点を95点にするのはありえないぐらい大変で、本人に苦痛がかなり伴います。100点なんてまぐれ当たりを除くと、苦痛以外なにもないかもしれません。

 

そういうことをしているうちに、細かいことをする力が養われます。

 

100点に近づけようとすると、とんでもなくすべての要素をしらみつぶしにしていかないといけません。その作業を進めていくうちに、大変残念なことに最初にやったことを忘れてしまいます。そこをまた振り返ってしらみつぶしにしないといけません。それをひたすらやり続けても、100点は取れない可能性が高い。もう、頭がしらみだらけになってしまいそう…

 

それだけやりあげて手に入れた結果は、その人の宝物になります。他に代えがたい喜びとなります。

 

写真を撮ればいいのにあえて絵を描く人とか、困難を排して誰も登ったことのない山をわざわざ征服する人とか、キーボードで弾けばたいしたことのないフレーズを音程(ピッチ)のまったく安定しない古典楽器で演奏する人の喜びも同じでしょう。

 

 

 

人間は、現状に満足できない生き物です。

 

できるようになれば、もうワンステップ上を目指します。

 

20万円のお給料をもらえるようになったら、次は21万円のお給料を手に入れたくなります。

 

3級に合格したら、次は2級を手に入れたくなります。

 

より難しいことにチャレンジして完遂したときの喜びは、他に代えられないものです。

 

生きていることの証拠かもしれません。

 

 

 

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「成績の低い子ほどジュースを飲む」                            2017年2月7日

 

 

あくまで僕の主観的な経験則です。専門的な分析をしたわけでもなく、その方面の専門知識もありませんので念のため。

 

ただ、20年以上学習塾の現場にいて、1500名以上見てきた人の目から見た経験で言うと、

 

・頭のいい子、成績のいい子、性格のいい子は水やお茶を飲む。

 

・頭の悪い子、成績の悪い子、性格の悪い子(素直でない子)は、常に何か甘ったるいジュースや炭酸飲料を飲んでいる。

 

・成績のよくない子の比率が高いときは、教室のペットボトルのゴミ箱がすぐにいっぱいになり、よい子の比率が高いときは、なかなか満杯にならない。

 

・集中力のある子は「のどが渇いた」と言っているのを聞かないが、集中力のない子はすぐに「のどが渇いた」と言う。

 

誤解があるといけないのできちんと表現すると、のどが渇きやすいのと集中力は何の因果関係もないが、他に意識が行きやすいかそうでないのかだと思う。

 

僕は、小中高生が勉強をする意味は、「細かいことをする練習」と、「難しいことを考える練習」だと確信しています。

 

それらの練習をするうちに、集中力も養われると考えられます。

 

それらのトレーニングとは別に、食事や飲み物も大いに関係していることは否定できません。

 

昔と比べて、炭酸飲料や口当たりのいいジュースが安く、気軽に手に入るようになりました。

 

だからといって、子どもたちに甘いジュースをがぶ飲みさせるのは、大人として考えていただく必要があります。大人だってがぶ飲みすれば、生活習慣病へまっしぐらです。

 

 

 

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「高校生の月平均読書量が1.4冊に」                        2017年2月4日(土)

 

 

読売新聞の記事に、

 

「高校生の読書量が、10年前の月1.9冊から、2016年は月1.4冊に」

 

「スマホを使用中は、大脳の前頭前野が眠っているような、ボーっとした状態になる」

 

とありました。

 

スマホを使用しすぎるために、頭がボーっとした状態になり、さらにスマホの使用時間が長いために読書の時間がなくなっているということでした。また、そのために国際学力調査の読解力が4位から8位に下がったと。原因はスマホの長時間使用ということでした。

 

記事の結論としては、「スマホの使用を制限し、本を読む時間を確保しよう」と。

 

スマホの長時間使用がよろしくないのはまったくその通りですが、そのために本を読む時間がなくなり、結果的にスマホが普及する前である2006年時点より読書量が減っている、というのは少し違和感を感じます。

 

中高生が読書をしなくなったというのは、我々大人が子供だった頃からずっと言われ続けていることであり、今に始まったことではありません。

 

昔昔その昔、知識や情報を得るためには、先生から習うことを除けば、本から吸収するのがメインだったはずです。

 

時代がだんだん進むにつれて、情報を得る機器が発達し、それにつれて本だけでなくいろんなツールによって知識や情報を得ることができるようになりました。

 

ラジオ・テレビからはじまり、パソコンや現在のスマホにつながっています。

 

スマホを使うために、読書の時間が減っているというのはある意味時代の流れであり、そこを強調するのは雑な感じを受けます。(繰り返しますが、長時間使用がよろしくないのは目や脳に悪いのは言うまでもありません)

 

いつの時代も、何かと言い訳を作って勉強しない子は一定数いるわけですし、その子らがスマホに特に夢中になっているだけです。

 

これが私の子供時代には(私は46歳です)、ファミコンやゲームウォッチに夢中になっていたり、パソコンにはまっていてまったく勉強しない子が問題になっていました。

 

また、深夜ラジオを聴きながら勉強をして(いるふりをして)、睡眠不足の子が結構いたりして、学校で問題になっていました。

 

そのときも、「ゲームやラジオに夢中になって頭を使わず、本を読む時間も昔に比べて格段に少なくなっている。子どもの使う言葉の数も質も落ちている。」と当時の大人たちは嘆いていました。

 

何かと理由をつけて、勉強しない子や頭を使わない子を嘆くのはいつの時代でも普遍的なことであり、スマホを吊し上げにするのはいかがなものでしょう。

 

当の大人たちはどうなのですか?大人こそ、スマホの使用時間をきちんと考えるべきではないですか。

 

私は通勤で自動車を使うのですが、途上でよく見かけますよ。運転中にスマホをいじくっている人を。信号が青になってもなかなかスタートしないのでクラクションを鳴らしたら、あわてて頭を前に向けて車を前進させる人。スマホいじくってたでしょうに。

 

 

いつの時代も一定数勉強をしない子・頭を使わない子がいるように、逆にいつの時代にも勉強する子や頭をきちんと使う子、自分でルールを作り一定時間以上の使用を自粛する子は存在します。その子たちも十把一絡げに扱われているのはどうなんでしょう。

 

本を読む時間が取れないというのでしたら、そんなものは速読を習ってしまえばいいわけです。暴論に見えるかもしれませんが、速読を普段から使っている者としては、当たり前の話なんです。

 

一カ月に何冊の本を読んだとか、正直な話、意味を感じません。必要ならば何十冊と読むからです。何冊読んだか、いちいち数えないからです。

 

メディアがどんどん多様化しているのに、本というメディアのみから情報を得る時間が昔にくらべて減っていると嘆いているのは芸がなさすぎる。

 

速読を身につけて、時間短縮をすればいいんです。わかりやすい話です。

 

行間を味わうのでしたら、従来どおりの読み方で楽しめばいいんです。

 

要は読み方の「使い分け」をすればいいのです。TPOに合わせる読み方をすればいい。それができないというのがもったいない。人生、ものすごく損をしている。

 

また、記事ではツイッターやLINEを攻撃していますが、短い文章を楽しむというのも古来から実は存在します。

 

短歌や俳句です。

 

短歌は奈良時代、木簡に書いて相手に送っていました。ツイッターは140文字ですが、短歌はわずか三十一文字。その中にいろんな情報を載せて相手に送るわけですから、テクニックがものすごい。その中で特に秀逸なものが「万葉集」におさめられています。もう少し時代が進めば勅撰和歌集(天皇が命じて編纂させた和歌集)として「古今和歌集」や「新古今和歌集」として残っています。

 

短歌って、今の時代でいえば、まさにツイッターやLINEのやり取りなんです。愛のやり取りをしているのも残っています(相聞歌・そうもんか、といいます)。切ない切ない想いが1300年前からタイムワープして伝わってきます。

 

ですが、その中にも「頭使ってないんとちゃう?」的なダメ歌も数えきれないくらい、掃いて捨てるくらいあったのでは。そんなのは残ってないだけです。

 

ツイッターやLINEのやり取りでも秀逸なものはあるわけで、それが記事に紹介されて時折関心したり笑ったりしているのではないでしょうか。

 

LINEで「了解しました(わかりました・承知しました)」を「り」と省略するのも、ある意味テクニックで、私はおもしろいと感じました。ちなみに私は「りょ」と打っていましたが。

 

どの時代も、大人が「昔は●●だったのに、それに比べて今の若者は…」という論調は存在します。明治時代の文章を読んでもそういうことが堂々と書かれていたのを見たことがありますし、江戸時代以前の文献にもきちんと同じ論調で若者を嘆いている文章を見たことがあります。

 

中高生が、というのはよろしくなく、どの年代もツールを適切に楽しみ、適切に使っていくことが肝要です。

 

 

 

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「低学年のときにしておくのと、しておかないのとで大きな差が出るものとは」 2017年1月26日(木)

 

 

 

 

最近、速読を習わせにくる親御さんで、「うちの下の子で、読解力をつけるのにしておくべきことは」という質問をよく受けます。

 

ちょっと話がそれますが、速読を習いに来る小3生以上の子には「多読」と「精読」を同時に指導するのです。

 

不思議に思われることでしょう、二律背反のことですから。

 

でも、どちらだけでも不都合です。

 

「精読」をさせることにこだわる先生がたくさんいます。

 

まったくもって精読をさせることは重要です。

 

でも、そういう先生に限って、多読は否定的か、どちらでもない意見を持っている場合がほぼすべて。

 

僕は違います。多読も精読も、両方必要だと思います。そして、どちらも指導します。

 

たくさんを読まないと、頭のデータベースがいっぱいになりません。知らないことだらけで「考えなさい」とか「想像しなさい」というのはあまりに雑すぎます。指導としては、能があまりになさすぎる。

 

だからといって、たくさん読ませるだけでは、いわゆる「行間を読む」ことが子供の場合だと往々にしてできていない場合が多い。

 

だから、両方やらせるのです。

 

どうやって指導してるのかって?

 

そんなもん、企業秘密に決まってるでしょ(笑)

 

 

 

 

さて、話をもとに戻して、相談している「下の子」が「低学年」の場合だと、精読も多読も間違いになります。

 

低学年の場合、最もきちんとすべきことは、「学校の音読の宿題をきちんと手抜きなくさせること」です。

 

音読の宿題をでたらめにやったり、やったふりして実はまったくやってなかったりということを積み重ねると、きちんとやり続けた子に比べて明らかに読解力が劣ります。

 

きちんとデータを示せばいいのかもしれません。残念ながらそういうデータを持ち合わせておりません。

 

 

しかし、小学校の教員をしている友人たちは、口をそろえてはっきり言い切ります。

 

「音読をきちんとしている子は、強い」と。

 

信じるも信じないも、親であるあなた次第です。

 

でも、そもそも、宿題はきちんとさせるべきであり、音読も当然ながら宿題であればきちんとさせるのが常識というものです。必要だから、教育的効果があるから、宿題になっているわけです。

 

 

はっきり申し上げます。

 

小学校高学年以降、中学生も、高校生も、学力の低い子は、明らかに読解力もないし、圧倒的に語彙が足りない。

 

小学校低学年の頃の国語の取り組みが分岐点であると、私は強く思っています。

 

 

 

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「ゴロゴの板野博行先生」 2017年1月7日(土)

 

 

 

高校生の頃、僕はすごくできの悪い生徒でした。

 

高校は啓光学園高校というところに通っていました。(現在の常翔啓光学園)

 

分相応に下のコースに入っとけばいいのに、何かの間違いで上のコースに入っちゃいました。

 

さあ大変。高1の12月に英語や数学が2年の内容に。。

 

 

英語や現代文はなんとかついていけていたものの、数学は完全に無理な状態に。物理化学もアウト。古典をしていると脳みそが溶けそう。。

 

 

国公立大なんか絶対に無理。当時はセンターテストがまだなく、代わりに「共通一次」があり、5教科7科目が必須でした。ああ、時代を感じます(笑)

 

私立大は「関関同立」が今よりもっと威厳がある感じで、なかなか合格できない時代でした。

 

次の「産近甲龍」。今は近畿大がその中でトップですが、当時は近大が一番入りやすく、甲南大が一番入りにくかった記憶があります。

 

このままではアカン。高卒や。ということで、ふとしたきっかけで高2のある日、とある塾の京都五条の教室に通いはじめました(実は大阪ではなくて京都育ちなんです)。いわゆる集団指導・個別指導がくっついた、今では極めてありふれたスタイルの塾。

 

ちなみに、それ、1987~88年(昭和62~63年)頃の話です。ショーワ時代です。当時としては珍しいかもです。

 

 

そこで完全1対1(マンツーマン)で教えてもらっていたのが、京大の国文科の学生の先生。

 

残念ながら当時の僕は「脳が死んでいた」ので結局浪人してしまったのですが、そこで教えてもらったことは今仕事でものすごく使ってます。今、自分の塾で高3生に指導する古典ネタの7割が、この京大生の先生から教わったものです。

 

あれから30年近く経過。。。。

 

 

ゴロゴという参考書を本屋さんで見ていてふと著者が気になったので見てみると。。

ぬわんと、あの京大生の先生ではありませんか。

 

周囲の高校生から一斉に白い目で見られるぐらい、めっちゃでっかい声で「あっっ!」って言ってしまいました。

 

 

ということで、そこからいろいろあって、そこからゴロゴの先生…いや、板野博行先生とコンタクトを取ることができました。

 

このハゲ、誰や?って思われたら困るので、高3当時の写真も添付して、メール送信。

 

 

しばらくして、返信がありました。

 

「とても覚えてるよ。今津君」て。

 

 

 

ハンデをつけてもらって赤本を解く競争をしたこともありました。

 

もちろん僕のボロ負け。当たりまえ。向こうは京大生。こっちは脳みそが死んでいる高校生。

 

 

でも、楽しかったなあ。先生の指導。

 

 

板野先生は有名予備校講師。全国を飛び回っているはずなので、大阪に来たときにお酒でも飲もうと思ってます。

 

 

 

こういうこともあるんですね。

 

 

 

 

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「国語がめっちゃ伸びています」  2016年9月15日

 

 

 

学習塾・進学塾のたぐいで、英語・数学を伸ばす塾。

 

こんなのは当たり前です。できないのなら、教室をすぐに閉めるべき。

 

理科・社会も伸びて当たり前。これ、伸ばすのって簡単です。

 

でも、国語を伸ばす塾って案外ありません。

 

 

 

ご近所の塾で「おたく、国語伸ばせます?」って聞いてみてください。

 

モゴモゴモゴ…

 

 

あまり点数がどうこう言うのは好きではないのですが、

 

(下のブログで「興味がない」とか言い放っています笑)

 

中3の6月実力テスト点数⇒9月実力テスト点数です。

 

国語です。

 

 

 

52点⇒72点

 

64点⇒83点

 

17点⇒42点

 

37点⇒52点

 

38点⇒51点

 

 

うちは速読も指導をしていますが、あくまで本人がやりたいと言ってきた場合に限って指導をしています。(うちの中3の塾生は5名ではありませんので念のため)

 

この点数を取った子の中に、速読をしていない子も半分くらいいます。

 

 

速読をさせるともちろん伸びます。

 

でも、速読なしでも国語を伸ばせます。

 

あるやり方があって、その法則にのっとって指導をしていけば、間違いなく上がります。

 

その指導にのっかってくれるか、形だけのっかるふりをするかで、結果が出たか出なかったかというのが本当のところです。

 

ですので、結果が出なかった子は形だけの子です。ですので、全員が伸びたわけではありません。

 

 

どういう法則にのっとったか。

 

知りたいですか?

 

 

知りたいですよね。

 

言うと簡単ですが。。。。

 

 

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「シンプルな目的」 2016年6月19日

 

 

そろそろ期末テストです。

 

周りの塾の先生たちは、しきりに「前と比べて●点アップ」とか言っています。

 

ここだけなんですが、そういうのはそれほど興味がない(^_^;)

 

ホンマにすみません。

 

有り体に言うと、アホらしい。

 

 

 

勉強をする目的は、「細かいことをする練習」と、「難しいことを考える練習」です。

 

それらがだんだん進んでいくと、勝手に点数も伸びますし、より難しい学校に合格してしまいます。

 

たったそれだけのことなんです。

 

ものすごいシンプルです。

 

 

 

人生を生き抜くためには、「細かいことができる力」と「難しいことを考える力」は必須です。

 

この二つのことが必要に応じてできさえすれば、なんの問題もありません。

 

学歴も、資格も、あるに越したことはありません。しかし、あったからといって安泰ではありません。大手企業に就職できたとしても、未来永劫に安泰ではありません。会社がなくなったり、リストラの憂き目に遭うこともあります。

 

どんなことが起こっても、「難しいことを考える力」があればどうにかなります。たとえ八方塞がりで天しか空いていなかったとしても。

 

 

 

うちの教室では、この二つの力をつけるために勉強をしてもらっています。

 

その力がだんだんついてくるに従って、テストの点数は勝手に上がってきます。

 

部活の結果もついてきます。ピアノも、野球も、すべての習い事も上達します。

 

当初は無理かなと思っていた中学・高校・大学にも普通に合格してしまいます。

 

 

 

私が塾生に望んでいるのは二つの力をつける努力であり、それが怠慢になっているときはそれこそケチョンケチョンに叱り飛ばします。たとえテストで95点を取ってきたとしても。

 

逆に、他のどの塾生よりもその努力が目立ってなされているときは、心から感動しながら誉めちぎります。たとえ10点20点の子であっても。

 

勉強する目的は、二つの力を身につけることです。

 

 

 

住吉区長居の学習塾 第三学章

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「中間テストの内容」 2016年5月30日

 

 

中間テスト結果が返ってきつつあります。

 

全体を通して、悪くない感じですね。

 

もう20年も塾の世界にいますので、どの学年の何の教科の、何の単元では何がどのようにテストに出てくるか、もう飽きるほど知ってます。

 

塾で勉強してもらったことが出るとか出ないとか、そういう話題は非常にレベルが低い。

 

そんなのは出て当然。まったくもって、くだらない。

 

 

勉強したことを、いかに答案用紙に再現させるよう指導できているかどうか。ここが大切であり、これをいかにきちんとさせることができるかがそこの教室の先生の腕の見せどころでもあります。

 

 

 

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「プロの世界とアマチュアの世界」 2015年6月4日

 

 

先日、エキストラ(賛助出演)で大学のオーケストラに出演。4回しか練習に出られなかったので、必死でしたけど。

 

左横が大学の先輩で、卒業後に音大に入りなおしてプロのチェロ演奏家になった方。右横が、大阪フィルハーモニーの現役の団員で、プロのチェリスト。そして、そのさらに右横が、フリーランスのプロのチェリスト。

 

アマチュア奏者としては、あまり経験できない、豪華な音がビシバシ聴こえる中でガッツンガッツン弾いておりました。

 

最近プロのクラシック演奏家の方とお話しする機会がたくさんあります。

 

技量や知識量の差はもちろんありますが、何より演奏に対する心構えがプロ奏者とアマチュア奏者ではまるで違います。

 

簡単に言うと、プロは全体を通して今はどの位置にいるのか、顧客にはどう伝わっているのかを、常に冷静かつ客観的に感じとって仕事を仕上げていきます。もちろん対価以上の結果を残して。

 

アマチュアは、基本的に細かいことに必要以上にこだわり、全体を見渡す余裕がまるでありません。また、主観的に物事を捕え、どちらかというと自己陶酔型の演奏をします。

 

でも、よく考えると、これって音楽屋だけでなく、私のような塾屋の世界でもまったく同じことが言えます。本質的に同じなのかもしれません。

 

 

 

 

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